【日綿實業・ニチメン】タナシンのカセットデッキ
1981年4月、フォード社に3,000台のタナシン電機製のカセット・デッキを初めて受注。翌1982年からは純正部品として継続の買い付けとなった。またシンワ製のカセット・デッキも初成約し、その後は、この2社で年間300万台を超える恒常的な商いに成長した。
一方で、フォード社は、1973年にカーラジオ組み立て工場をブラジル・サンパウロ郊外に設立。日本国内で生産されたタナシンデッキは、日綿経由でフォード社に販売された。さらに1980年代後半から、ブラジル政府の国産化政策によって、フォード社はブラジルで生産するよう要求してきた。1987年、現地法人「タナシン・ブラジル社」を設立し、現地での技術サポートとともに、デッキのCKDアセンブリーも開始。
さらに1987年には、「タナシン・デ・メヒコ社」を日綿とタナシン者の合弁で設立し、デッキのCKDアセンブリーを開始した。
シンワ製デッキについても、1988年8月、米国法人「シンワ・ノース・アメリカ社」を設立した。シカゴ支店はフォード社の実績を基に、米国内での新規商いを効率的に開拓するため、1986年からエレクトロニクス部門の拠点として、デトロイト、キャンベル、ハンツビル、ボストンに相次いで出張所を開設した。
一方で、フォード社は、1973年にカーラジオ組み立て工場をブラジル・サンパウロ郊外に設立。日本国内で生産されたタナシンデッキは、日綿経由でフォード社に販売された。さらに1980年代後半から、ブラジル政府の国産化政策によって、フォード社はブラジルで生産するよう要求してきた。1987年、現地法人「タナシン・ブラジル社」を設立し、現地での技術サポートとともに、デッキのCKDアセンブリーも開始。
さらに1987年には、「タナシン・デ・メヒコ社」を日綿とタナシン者の合弁で設立し、デッキのCKDアセンブリーを開始した。
シンワ製デッキについても、1988年8月、米国法人「シンワ・ノース・アメリカ社」を設立した。シカゴ支店はフォード社の実績を基に、米国内での新規商いを効率的に開拓するため、1986年からエレクトロニクス部門の拠点として、デトロイト、キャンベル、ハンツビル、ボストンに相次いで出張所を開設した。