【日綿實業・ニチメン】ポーランド炭3年契約調印式(1967年5月、東京丸ノ内ホテル)

1967年、ニチメンはソ連とポーランドからそれぞれ鉄鉱石と石炭を大量輸入する契約を結んだ。この商談は3~5年の長期契約であり、しかも両国の輸出公団と日綿の独占契約という画期的なものであった。当時、対共産圏貿易は、試行錯誤の段階であったが、この異例の契約で日綿は共産圏貿易に大きな実績を築くとともに、鉄鋼業界に食い込むきっかけとなった。

黒海沿岸のクリボイログ地区では、大規模な鉄鉱石の鉱山開発が進められており、ソ連鉱山品輸出公団などと折衝、1966年、35万トンの日本の高炉6社へのスポット輸入に成功。その後、ソ連側の港湾改修により大量輸出が可能となり、日綿を窓口鉄鋼業界と長期輸入について話し合いが進められ、1968年から5年にわたって、長期輸入することで合意。ソ連産の鉄鉱石を大量輸入するのはこれが初めてであった。

さらに同じころ、日綿を窓口として、ポーランドから年結炭を長期輸入する商談がまとまった。粘結炭は、溶解炉で鉄鉱石を溶かすときに不可欠な鉄鋼原料である。ニチメンは1966年にポーランド石炭コークス輸出公団からファースト・マヤ炭と呼ばれる粘結炭のスポット輸入90万トンを手がけ、高炉6社他に販売。1967年5月、同公団との間に、1968年から3年にわたり、年間110万トン、計330万トンを輸入する長期契約を締結した。