2026.09.11 UP
年間100回以上、全国の森を案内する「森の案内人」三浦豊さん。長年にわたって森を歩き、一つひとつの木が、その場所でどう生きているのかを見つめてきました。
木々を見ていると、そこには一つとして同じ生き方がないことに気づきます。
木を知ることで、いつもの風景はどう変わって見えるのか。そのまなざしを追いながら、三浦さんが歩んできた道をたどります。
Text_Interview_Rika Naganohara
Photograph_Kimi Takeuchi
Edit_Takahiro Kato
“木を見ると、世界が違って見える。”
「風が吹くのは、すごいことなんですよ」
東京・南池袋公園。芝生の縁に立つと、ビルの谷間とは思えないほど静かな気配が漂っています。風が抜けるたびに葉が揺れ、鳥が枝を渡り歩く。三浦豊さんが見上げるのは、そんな風景をつくっている木々です。
「木陰があることで風が生まれます。日なたと木陰では気圧が違うから、空気が動くんです。風が吹けば葉の周りの空気も動く。光合成をするうえでも風は大切なんです」
私たちにとって、木陰は日差しを避け、涼しい風を感じる場所です。けれど三浦さんは、その風にも、木々の営みとのつながりを見ています。
さらに視点は、森全体へと広がります。
「森って、一人勝ちがないようにできているんです。周りも元気になってもらわないと、自分も生きていけない」
例えば、一本の桜が元気に育つためにも、周りの木々や土の中の菌類との関わりが欠かせないといいます。さまざまな植物が育つことで、多様な菌類が集まり、豊かな土がつくられていく。森では、一本の木も周囲の命と関わり合いながら生きています。

日本の在来種だけでなく、外来種なども植えられているという南池袋公園内の植栽(左)。
鹿などの動物が一度に多くの葉を食べるのを防ぐため、鋭いとげがある木瓜(ボケ)の枝先(右)
そんな森のあり方に、三浦さんは人間との共通点も感じています。
「僕たち人間も、協力して生きてきた生き物です。一人の時間も豊かだけど、ほかの人もいないと生きていけないところもある」
三浦さんと歩いていると、何気なく吹く風も、目の前に立つ一本の木も、少し違って見えてきます。
一本の木から、その向こうに広がる世界まで見つめる。そんな三浦さんのまなざしは、どのように育まれてきたのでしょうか。
“東京でも、森は生まれる。”

1987年8月、父と北アルプスを歩く三浦さん
幼い頃、三浦さんは父に連れられ、毎週のように山を歩いていました。京都近辺から、時には北アルプスまで。山はごく身近な場所でした。
街を歩けば、近代的な建物にも心を惹かれました。古いものをよしとする京都で、それらは「新しい世界を見せてくれるようだった」と振り返ります。
山を歩き、さまざまな建物に触れるなかで、やがて「居心地の良い空間とは、どんな空間なのか」という問いを持つようになります。その答えを探すように、東京の大学で建築を学びはじめました。
大学3年生の頃、思いがけない発見がありました。
当時、世界では森が減り、緑が失われているという話をよく耳にしていました。ところが東京の街を歩いていると、アスファルトの隙間から、いたるところに植物が生えています。
よく観察すると、小さな草が芽生えている場所もあれば、草木が生い茂り、桜のような木まで育っている場所もある。東京のあちこちで、草が芽生えてから木々が茂るまでの、さまざまな段階を目にしました。
「森ができあがるプロセスを見た気がしました。東京でも、放っておいたら森になるのが想像できた。驚愕しました」
山の中にあるものだけが森ではない。街中でも植物が自然に芽生え、育っていく先に森がある――。後に「森の案内人」となる三浦さんにとって、森の見え方が変わった瞬間でした。

長野県・白駒の池(左)、鹿児島県・蒲生の大クス(右)(写真:本人提供)
同じ頃、心を惹かれたのが庭でした。
「庭があると、一気に世界が広がるんです。窓を開ければ、庭を通って外から風が入ってくる。京都の町家の坪庭には、実際に風を通す役割もあります」
東京の街中で見つけた、森へと向かっていく植物の力。そして、室内と外の世界をつなぐ庭という空間。その二つに惹かれ、三浦さんは庭の世界へと進んでいきました。
大学卒業後、故郷・京都の造園会社に就職。庭師としての歩みが始まります。
“現代の私たちが感動できる庭とは?”
京都で庭師として働きはじめた三浦さんは、日本庭園の奥深さに圧倒されました。竜安寺の石庭、桂離宮、仙洞御所――。名だたる庭に触れるほど、はるか昔にこれほど完成された庭がつくられていたことに驚かされます。
その一方で、三浦さんのなかには別の問いも生まれていきました。現代を生きる自分たちが、本当に感動できる庭とは何なのか。
「暮らしが大きく変わった今、僕たちが感動する庭と、昔の人が感動した庭が、まったく同じということはないと思ったんです」
さまざまな庭を見るなかで、自分にとっての「良い庭」も見えてきました。
「僕にとって良い庭は、『長くいたい』と思える場所です。手つかずの自然は意外と怖いし、人がつくったものばかりに囲まれていると息苦しくなる。人と自然のどちらにも偏らない、その間くらいが僕には心地よかったんです」
人の手が入りながら、草木ものびのびと生きている。三浦さんがつくりたいと思ったのは、そんな人と自然が調和する庭でした。
けれど、そこで一つのことに気づきます。庭をつくることは知っていても、自然そのものについては、まだ知らない。自分が求める庭をつくるなら、まず自然を知らなければならない。
「それなら、日本中を回ってみようと思ったんです」
26歳で庭の仕事をいったん離れ、それから5年間、一人で日本各地の自然を巡りました。
“森は弱肉強食ではなく、適者生存。”
自然を知ろうと日本各地を巡りはじめたからといって、すぐに森の魅力が見えたわけではありません。初めて一人で訪れた宮崎県の森でも、「ここにはきっと何かがある」と期待して歩いたものの、感じたのは寂しさでした。

大分県・男池湧水群の近くに広がる深い森(写真:本人提供)
「一人だし、共有する人もいない。最初はつらかったですね。修行のように感じました」
それでも、森へ行っては帰る日々を繰り返しました。1年半ほどたった頃、知識としては当たり前だったことが、少しずつ実感を伴って迫ってきます。木も、自分と同じように、ここで生きている。
何を考え、何を感じているのかは分からない。それでも、一つの生き物として木を見るようになると、それぞれが「どう生きているのか」にも目が向くようになりました。
例えば、森の日陰で生きるアオキです。大きな木々の下で、背丈を伸ばさず、小さな花を咲かせています。
「昔は、大きく“なれない”んだと思っていました。でも、ある時、大きく“ならない”んだと気づいたんです」
大きくなれば、それだけ多くのエネルギーが必要になります。しかもアオキが生きるのは、頭上を大きな木々に覆われた、光の少ない場所。小さな体だからこそ、少ないエネルギーで生きていけます。
「体が小さいというのは、実はすごく洗練された生き方なんです。アオキはそれで、ちゃんと繁栄している」

京都・東山の森で、高い木々の下に育つアオキ(写真:本人提供)
雪深い場所にも、よく似た発見があります。背丈の低い植物は雪に埋もれますが、雪の中は外気ほど冷え込みません。小さいことも、雪に埋もれることも、一見すると弱さに見える。けれど、その環境では生き抜くための強さになります。
森は、ただ大きく、強く育ったものが勝つ世界ではありません。三浦さんは、森を「弱肉強食ではなく、適者生存」だといいます。
「日本には、1000種類以上の木がいて、1000通りの生き方があるんです」
森を歩くほどに見えてきたのは、木々がそれぞれの場所で、それぞれの方法で生きている姿でした。
“だけれど、支えになる。”
5年間にわたって日本各地の自然を巡った後、三浦さんは「森の案内人」として活動を始めました。今では年間100回以上、全国の森を案内しています。

白神山地を案内する三浦さん(写真:まいまいツアー)
木や森を知ったとしても、明日から何かが変わるわけではありません。三浦さん自身、森を知ることが何の役に立つのかと考えることがあるといいます。
「空に向かってブーメランを投げるようなものです。いつ返ってくるかは分からない。でも、森は何かをもたらしてくれると思っています」
長く森を歩いてきた三浦さん自身、そこに身を置くと、不思議と癒やされ、元気をもらえるといいます。さまざまな生き物が、それぞれの場所で懸命に生きている。その姿に囲まれていると、「生きていることへの肯定感」のようなものを感じるそうです。
森を案内するときも、何か大きな答えを持ち帰ってもらうことより、少し元気になったり、心に残る木と出会ったりすることを大切にしています。

南池袋公園で、三浦さんが特に好きだという欅(ケヤキ)の巨木
「森を歩いて、『明日も仕事を頑張ろう』と思ってもらえたら大成功です。『また森に行きたいな』と思える出会いをつくれたら、最高の喜びですね」
そんな木々の姿に、三浦さんは何度も、自分自身を重ねてきました。
森には、1000通りの生き方がある。
その姿は、私たちの背中をそっと押してくれるようです。(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

三浦豊
森の案内人
caravanは双日が発信しているメディアです。
https://www.sojitz.com/jp/about/