2026.08.14 UP
やりたいことが見つからないまま、毎日がただ流れていく。
そんな時期にこそ、人生を変える出会いは不意に訪れます。
陸上にも大学にも違和感を抱えていた19歳の平尾成志さんは、京都・東福寺の庭で“心が浄化される”体験をします。
そして数年後、上京した平尾さんを待っていたのが、盆栽との出会いでした。
飽きっぽい自分が、唯一飽きなかったもの。
それは探して見つけたのではなく、向こうからやってきました。
「向き不向きより、前のめりになれるか」。思いがけない出会いと逆境を力に変えてきた平尾さんの歩みには、まだ見えない自分の可能性を開くヒントがあります。
Text_Interview_Kazuhiro Hojo
Photograph_Kimi Takeuchi
Edit_Takahiro Kato
“気が多い自分が、離れられない世界。”
平尾さんの盆栽園「成勝園」は、さいたま市西区にあります。古民家を自ら改装した建物に足を踏み入れると、いわゆる「盆栽園」のイメージとは違う空間が広がっていました。木の質感を活かした室内には、民具やキャンプ用品、アンティークのオブジェ、LPレコード。平尾さんの趣味が散りばめられ、まるで“大人の秘密基地”のようです。

「なんでも自分でつくるのが好きなんです。仲間が気楽に集まれる場所にしたくて」
屋外には個性豊かな盆栽がずらりと並び、ほとんどの鉢は購入可能です。基本は予約制ですが、散歩の途中にふらっと立ち寄り、盆栽を眺めて帰る人も歓迎しています。
この日、平尾さんは水やりを見せてくれました。
「春に肥料をあげて力を蓄えさせて、梅雨になったら肥料を取る。夏になると日よけをつくって、あとは水やり、水やり、水やりです」
柄の長いじょうろやホースから落ちる水の量は想像以上で、盆栽がこんなにも水を吸うことに驚かされます。

「水の乾き方を見れば、木の状態はだいたいわかります。乾きが速い木は元気。逆に乾かない木は根が水を吸えていない。原因を探します」
土をつくり、重い鉢を運び、毎日水をやる。そうした日々の世話も、剪定や針金掛けと同じく、盆栽をつくる大切な仕事です。夏は暑く、冬は寒い。平尾さん自身「結構過酷」と話しますが、苦にする様子はありません。
「水やりは人間でいう食事のようなもの。面倒だと思ったことは一度もありません。疲れた時こそ、水やりをしていると落ち着くんです」
自他ともに認める“飽きっぽい人間”だという平尾さんが、盆栽だけは一度も飽きたことがないといいます。なぜ盆栽に限っては飽きないのか。
その原点をたどると、19歳のある日に行き着きます。
“心が浄化された19歳と、記憶がよみがえった上京の日。”
19歳の平尾さんが訪れたのは、京都・東福寺の本坊庭園でした。
陸上競技で大学に進んだものの、故障が重なり、陸上にも大学生活にも違和感を覚えていた頃でした。
「庭園に入った瞬間、自分が浄化されていくのを感じました。気持ちの中にあった不安が、さーっと消えていく。『これは何だ?』と驚きました」
昭和を代表する作庭家・重森三玲が1939年に手がけた庭園。その美しさに圧倒されるとともに、長い年月にわたって守り継がれてきたことにも心を動かされました。
「つくられた当時とほとんど変わらない姿が残っている。誰かが継承して今日まで守ってきたことに、とてつもなく惹かれて、庭師になりたいと思いました」
それから数年後、大学卒業を前に、父のつてを頼って埼玉の庭師を訪ねます。「重森三玲のような作庭家になりたい」と熱い思いを伝えましたが、返ってきたのは思いがけない言葉でした。
「いやいや、庭師は穴を掘って木を植えるだけだから」
夢を膨らませて京都からやってきただけに、落胆は大きなものでした。面接はあっという間に終わり、予定より早く時間が空きます。そこで訪れた東京・上野グリーンクラブで、生まれて初めて本格的な盆栽を目にしました。
「寄せ植えという、何本もの木が林のように植えられている鉢があったんです。それを下から覗き込んだ瞬間、小学生の頃、山で基地をつくって遊んでいた記憶が一気によみがえりました。時空を超えたような感覚でした」

寄せ植えを下から覗き込んだ、林のような風景
盆栽に心を奪われた平尾さんは、盆栽師になることを決めます。
「陸上は、どこか『やらされている』という感覚がありました。けれど盆栽は、自分で『これをやりたい』と決めたんです」
平尾さんの人生が大きく転換した瞬間でした。
“前のめりに動き続けた先に、道は開けていく。”
2003年、大学を卒業した平尾さんは、盆栽界の名門・大宮盆栽村にある蔓青園の門を叩きます。
そこで出会ったのが、蔓青園3代目園主・加藤三郎師匠です。世界盆栽友好連盟の初代会長を務めるなど、盆栽の国際化を牽引した第一人者でした。
初対面の日、加藤師匠はすでに80代後半。視力も衰え、平尾さんには自分の姿が見えているのかさえわからないほどでした。そんな師匠が、ひと言だけ告げます。
「盆栽は、これから世界へ出ていかないとだめだ」
それだけを言い残し、すっと歩き去りました。
「なんてかっこいい人なんだ、としびれました。僕には強烈なひと言で、『この人の弟子になりたい』と思いました」

加藤三郎師匠が盆栽を剪定する様子を食い入るように見つめる平尾さん
修業が始まっても、手取り足取り教えてもらえるわけではありません。「これ、芽摘みして」と言われても、何をどうすればいいのかわからない。説明を聞いても、最初はまるで外国語のようだったと振り返ります。
「やりすぎたら戻せないことだけは本能的にわかる。『これぐらいかな』というところで見せても『全然』と突き返される。どこがゴールなのかもわかりませんでした」
しかも修業期間は5年間。1年を終えた時、同じ季節を経験できるのはあと4回しかないことに気づきます。待っているだけでは時間が足りない。2年目からは1本でも多くの木に触れようと、誰よりも早く園に入り、最後まで残るようになりました。
「全部の木を一度は触ってやるぐらいの勢いでした」
そんな日々のなか、加藤師匠に褒められたのがヒノキの寄せ植えでした。
「子どもの頃、ヒノキ林で遊んでいた記憶をたどりながら剪定したら、『景色を出すのが非常に上手だ』と言ってくれました」
5年間の修業を終えた平尾さんは、師匠の言葉を胸に活動の舞台を海外へ広げます。スペイン、アルゼンチン、イタリア、フィリピンなど各国でデモンストレーションやパフォーマンスを行い、2013年には文化庁の文化交流使に選ばれました。
イタリアでは、バンドとの共演から大きなヒントを得ます。
「最初は観客もバンドばかり見ていて、『隣で何をやってるんだ』という感じでした。でも、最後に鉢から木を抜いて根をさばいた瞬間、バンドに向いていたスマホが一斉にこっちを向いた。『なるほど、これを見たいのか』とわかりました」
どうすれば盆栽の魅力が伝わるのか。試行錯誤を重ねながら、平尾さんは盆栽の新しい見せ方を切り拓いていきました。
“壊滅の朝に、むしろ「成長の機会」と思えた理由。”
世界各国でのパフォーマンスが評価され、平尾さんのメディア露出も増えていきました。2016年には独立し、成勝園を開きます。
2019年は、自身が「一番の飛躍の年」と振り返るほど仕事に恵まれていました。ところが10月12日、台風19号が関東を襲います。
翌朝、園に向かった平尾さんは言葉を失いました。

2019年の台風19号で被害を受けた成勝園
「壊滅的な状態でした。木は1本も流されていなかったけれど、すべてが泥まみれでした」
あまりの惨状に心が折れ、園を離れた弟子もいたといいます。しかし、平尾さん自身は全く違う感情を抱いていました。

「メディアやイベントに呼ばれることが増えて、どこか自分が消費されているような感覚があったんです。仕事もルーティーンになって、成長している感じがしなかった。そこに来てこの逆境。自分でも驚くほど落ち込んでいませんでした」
それでも前を向けた理由を、平尾さんはこう語ります。
「逆境は、人間を成長させてくれる絶好の機会です。また一から再生していくことで、絶対に新しい作風が生まれると思いました」
“飽きないものは、考えて見つけるものじゃない。”
ここまでの歩みを振り返ると、盆栽師は平尾さんにとって、まさに天職だったように思えます。けれど本人は、「盆栽じゃなくても、ついた職業は全部そうなったんじゃないかな」と笑います。
「向いている、向いていないより、前向きにどれだけやるか。そっちの方が大事だと思っています。
自分で『これをやる』と決めたなら、やめるという選択をするのが一番かっこ悪い。嫌なこともネタにして、『あれがあったから今の自分になれた』と言えたもん勝ちだと思います」

平尾さんが2014年に制作した「千変万化」。
変わり続ける世界や盆栽の先を見据え、「千変わる」のではなく「万化けていく」という思いを込めた
平尾さんは、嫌でたまらなかった陸上競技も最後までやり遂げ、好きになれなかった大学も卒業しました。振り返れば、思い通りにならない時間も少なくありませんでした。
「楽にできてしまうことはつまらない。辛い思いをしている時こそ、一番勉強できる時で、成長できるタイミングだと思っています。僕は今でも自分で逆境をつくりながら、それをクリアすることに喜びを感じています」

やりたいことが、最初から見つかっているとは限りません。
思いがけない出会いも、避けられない困難も、その時にはまだ、人生のどこにつながっているのかわからない。
いつか振り返った時、それらすべてが今の自分につながっていたと思える日が来るのかもしれません。
(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

平尾成志
盆栽師
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