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2025.04.15 UP

人と緑をつなぐ、起業家・篠崎ロビン夏子の“諦めない力”

article_43_img01.webp「フードスケーピング」とは「フード(食べ物)」と「ランドスケーピング(景観をつくること)」を掛け合わせた新しいスタイルの造園のこと。Green Neighborsを主宰する篠崎ロビン夏子さんは、日本におけるフードスケーピング事業者の先駆けとして、都市にいながら自然を身近に感じられたり、人々が交流できたりする場をつくってきました。人や自然と触れあうことが大好きだと語る篠崎さんの軌跡をたどり、思いを形にする生き方のヒントを探りました。

Text_Shiyo Yamashita
Photograph_Takao Nagase

はじまりは小さな成功体験から

“声をかけることで、
思いを共有する人の輪が広がる。”

日本初のフードスケーピング事業者として活動する篠崎さん。コロナ禍のシンガポールで出合ったフードスケーピングを日本で広めるべく、人々が集うユニークな緑の場をつくり出しています。

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篠崎さんの起業家精神は、大分県別府市で自然に囲まれて育った小学生時代には芽生えていたといいます。小学校5年生のころ、ニュースで見る自然破壊に心を痛め、使命感を持って環境クラブを立ち上げました。

「ニュースレターを書いては地域に配ったり、小学校で割り箸を使わないキャンペーンを始めて、校内放送を活用したり、小さなアクティビストみたいな感じで活動していました(笑)。実際、これによって小学校で割り箸を使う子の数が目に見える形で減っていき、“環境は自分たちで守るもの”という全体感が生まれたのは、私にとって印象的な最初の成功体験でした」

同じ意識を持っていそうな子に声をかけ、賛同してくれた友だちとともにアクションを起こす。 “巻き込んで行動する”ことの楽しさと広がりを実感したと彼女は振り返ります。

そんな活動的な小中高時代を経て、東京の国際基督教大学に進学。人のためになる仕事をしたいという気持ちから、大学では国際関係と国際開発を専攻します。2年生を終えると、発展途上国の小学校教育の実態を学ぶため休学してネパールへ。ところが、ネパール入りしてすぐにネパール大地震が発生します。

ネパールで経験した人生を変える出来事

“現地の人が、
納得するような支援がしたい。”

「マグニチュード7.8の大地震でした。たまたまボランティアをしていた小学校の校庭のど真ん中にいたので助かったのですが、5分違えば完全にビルの下敷きになっていました。命の儚さを思い知ったし、“自分がやりたいことは悔いなくやろう”と思いました」

復興支援に携わるという形でしばらくネパールに滞在した篠崎さん。ここで、災害現場の実情を目の当たりにします。遠かったり山を越えないといけなかったり、危ない崖があるなどの事情で、支援物資が本当に必要としている人のもとに届かない現実。満足な支援が受けられない中で助け合う人々の力の強さを感じたといいます。

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「国際機関や国からの支援が届かない地域には、現地の若者がバイクで物資を届けていました。民間の支援の場合、支援を受ける側は自らが選択してサービスを享受する。しっかりとその価値を感じて対価を支払うんです。これによって、支援対象者の自尊心も保てることに気づきました。この経験から、経済の力を使って社会貢献をしたいという思いが強くなりました」

ただ援助するのではなく「ネパールの若者たちが自分の足で立っていけるような支援がしたい」という気持ちが大きくなり、現地で学生のプログラミング教育支援を行う会社を設立。彼女にとって一度目の起業です。

はじめての起業で感じた、無力さと自信

“私は人のために諦めない人間だと知った。
それが大きな自信に。”

「意気投合した同級生が、日本で短期のプログラミングスクールを受講して、エンジニアとして仕事ができていたんです。同じようなプログラムをネパールにも適用できるんじゃないかと考えました。私にはテック系のバックグラウンドがまったくなかったのですが、初心者の視点とその他の知見や経験をあわせもつことが付加価値になると気づいたのもこの時です」

篠崎さんたちが立ち上げたTECHRISEという会社では、学生にプログラミング技術を教えながら海外のオフショア案件を受託するということも始めます。ところが、半年が経ったころビジネスパートナーであった同級生が帰国することに。

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ネパールで立ち上げたTECHRISEにてプログラミング技術を習得する学生たち

「頼りにしていた仲間がいなくなり、もう無理だと思いました。結構大きな絵を描いて、ネパールの学生たちにいろんなものを約束していたのに、それを実現できない恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいでした。でも、彼らは私が無力なのを知りながら、『あなたが頑張るなら私たちも頑張る』と言ってくれた。諦めないと決め、そこから1年くらい必死でパートナーの後任を探しました。あの時は本当に辛かった。ただ、“私は人のために諦めない人間なんだ”と気づいたことは、後の自信につながりました」

その後、ようやく事業を引き継いでくれる人を見つけ、2018年3月に日本に帰国。現在は社名も変わり、最初にTECHRISEで採用したネパール人エンジニアが代表を務めています。

コロナ渦中の運命的な出合い

“自然と人との交流を求めてたどり着いた、
 新たな緑との関わり方。”

大学卒業後、篠崎さんは母親の母国でもあるシンガポールでFacebook(現Meta)に採用されます。テック業界の最前線でVR関連の事業などに携わり、忙しい日々を過ごしていましたが、2年半が経ったころ世界はコロナ禍に突入。仕事は完全に在宅勤務となります。シンガポールの厳しい外出規制の中、対面で人に会わないことがストレスとなり、猛烈な寂しさや行き詰まりを感じたといいます。そんな時に思い出したのが、故郷・別府の自然。緑に触れたいという強烈な思いに襲われた彼女は、アーバンファーミング(都市型農業)として水耕栽培をしている会社に頼み込み、週に3、4回通うようになります。

「栽培に関する知識は何もありませんでした。向こうからすれば“誰だ、この人?”って感じですよね(笑)。フードスケーピングの会社にアポを取ったのもこのころ。果樹などの食べられる植物を育てることで景観をつくり、採れたものをファームトゥテーブル方式で高級ホテルの朝食で出したりするのが面白いと思ったんです。そこでボランティアをさせてもらいながら、フードスケーピングについて1から10まで教えてもらいました」

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シンガポールで参加した高層ビル屋上でのプロジェクト

シンガポールでは51階建てビルの屋上でのフードスケーピング・プロジェクトにも参加。食用植物での造園の効果に可能性を見出した篠崎さんは、「これを日本に持って帰って起業しよう」と決心します。帰国したらすぐに事業を始められるように準備を始め、一緒に仕事してくれる仲間はFacebookの造園コミュニティを使ったり、人に紹介してもらったりして募ったそう。こうして、Green Neighborsは2022年3月にスタートしました。

ノーには屈しない、好奇心のままにトライする

“否定されるのは当たり前。
 逆境をチャレンジと捉えて乗り越える。”

帰国するとすぐに、飛び込みでの営業を開始。といっても、サービスを立ち上げたばかりで実績がなく、しかも日本では聞き慣れないフードスケーピングという概念を掲げた会社に仕事をくれるクライアントはなかなか現れません。「日本では先行事例のあることが重視されるので、本当に最初は散々でした。ノーと言われることに慣れ過ぎてしまったほど(笑)」と篠崎さんは振り返ります。

それでも、「複合施設や一般企業に対し、ハード面の緑の空間づくりと、ソフト面のワークショップを一体にして提案・提供を続けていったことで、都市部にて緑との接点や他者との交流を持てる場の重要性は徐々に理解され始めている」といいます。

神奈川県川崎市では空き地を利用したプロジェクトを受託し、コーヒーの麻袋の中にバジルやトマトを植え付けたり、収穫したりするイベントを開催。さらに、恵比寿ガーデンプレイスの「サッポロ広場」では、果樹を中心にした景観作りと収穫物を活用したワークショップを実施するなど、大きなプロジェクトも次々と実現しています。

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麻袋にバジルやトマトを植えたり、ワークショップなどのイベントを開催

さまざまな挑戦を続ける篠崎さんに「ロールモデルはいるのか?」と質問してみたところ、「尊敬する人はたくさんいる」と答えてくれました。

「私のメンターやロールモデルに共通しているのは、逆境を乗り越えるのがうまいということ。失敗をチャレンジとして乗り越えようというマインドの人たちからインスピレーションを受けることが多いです。これから何かを始めようとする人には、『希望があれば道は開ける』と伝えたい。何か新しく始めようとすると、“ノー”と言われることがあります。でも、拒否されるのは当たり前だと思って、希望をもつことが大事。希望というのは、こういうことを実現したいという“将来の絵”みたいなものだと思っています」

そう語る彼女は最後にもう一つ、新たな挑戦をはじめるときの、大切なことを教えてくれました。

「どうしても自分だけの視点だと、考えが浅かったり、見えてないものがあったりすると思います。ネットで検索したり本を読むだけでなく、自分の足で現場に赴き、自分の目で確かめて、現地の人と話すことが大切。世の中にいろんなものがあふれているからこそ、新しいものを創造するには何かしらの掛け算が必要になります。関係ないと思っていたもの同士が意外とつながったり、事業を前進させるヒントになったりするので、好奇心のままにいろいろトライするといいと思います」

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自分の心の声に正直に、好奇心が導く方向へ突き進み、多くの挑戦を形にしてきた篠崎さん。「フードスケーピングという場を通して、人が新たな気づきを得たり、自然と心を通わせたりするようになってほしい」という篠崎さんの強く明日を信じる力は、これからも人と人をつなぐ魅力的な風景をつくり出していくに違いありません。

PROFILE

(所属組織、役職名等は記事掲載当時のものです)

篠崎ロビン夏子

篠崎ロビン夏子

Green Neighbors合同会社 代表

1994年生まれ。国際基督教大学在学時にネパールでプログラミング教育事業を起業。新卒でFacebookシンガポールAPAC拠点に入社し、主に企業向け従業員エンゲージメントや組織文化・働き方の領域を手がける。シンガポールでは会社員として働く一方で、フードスケーピングやアーバンファームの事業にも参画。働く現代人にこそ、緑がもたらす癒やしやつながりが必要不可欠であると実感し、2022年に日本初のフードスケーピング事業者としてGreen Neighbors合同会社を創業。

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